コラム
肉玉そばかそば肉玉か問題
2022年3月20日(日)

お好み焼の注文方法

 あるお店でお好み焼を注文した。「肉玉そば!」そう店員に告げると「はい、そば肉玉1枚!」との返事。いや、私が注文したのは「肉玉そば」であって「そば肉玉」ではない。まず肉と玉子ありき。その次の選択肢として、そばなのだ。そこを変にこねくり回して、肉玉を後ろ回しなんかにしないでもらいたい。などとクドクド店員に詰め寄ろうかと思ったが、こんなところで押し問答をしてもしょうがないので「そば肉玉」を受け入れることにした。小心者なだけである。

 広島でお好み焼を注文するときの常套句「肉玉そば」これはお好み焼に何を入れるかを明確に表したものだ。「肉玉そば」といえば、前述のとおり、肉と玉子とそばが入る。そばと言っても中華そばだ。人やお店によって、これが「そば肉玉」に変わることはあるが、全く同じものを指している。
 
 また、これを「肉玉うどん」にすると、肉と玉子とうどんになる。さらにイカ天を追加したいときは「肉玉そばイカ天入り」、ネギをかけて欲しいときは「肉玉うどんネギかけ」などと告げる。東京でも、広島のお好み焼屋ではこのように注文してみて欲しい。きっと店主から「おっ、こいつ分かってるな」と一目置かれるはずだ。逆に「豚玉」とか「モダン焼」などと告げると素人と思われる。気をつけよう。

「肉玉そば」と記載されたメニュー

麺抜きは?

 不思議なのは麺を入れない場合。「肉玉そば」から「そば」を抜くと「肉玉」になるはずが、麺抜きは「野菜肉玉」となる。これまでなりを潜めていた「野菜」の登場である。かといって、そばやうどんが入る時に野菜が抜かれているわけではない。野菜が入っているのに、なぜか名前に「野菜」がつかないのだ。それが麺が抜かれたとたん「野菜」が現れてくる。なぜだろう。

 これは仮説だが、おそらくお好み焼の成り立ちと関係していると思われる。戦前、広島ではお好み焼の原型と呼ばれる一銭洋食が食べられていた。それは生地の上に野菜などを乗せて焼き、ソースを塗ったものだった。そこには肉も玉子も麺も入らない。とてもシンプルなものだった。しかし、それだけではとても寂しい。戦後の復興に合わせてお好み焼と名を変え、どんどん進化していく。肉が加えられるようになり、麺も選べるようになる。貴重な玉子は、お店では扱っておらず、どうしても入れて欲しい人は玉子を持参していたという。黎明期にはその他にもいろいろな具材が試されたはずだ。そうやって「野菜」を基本とし、何を追加したいかのオプション名をつけて注文するようになったのだ。

こちらは「そば肉玉」派。個人的には落ち着かない

やがて定番化へ

 それから長い年月が経つうち、お好み焼を最も美味しく楽しめるのが「野菜と肉と玉子とそば」であり「野菜と肉と玉子とうどん」であるとの認識が広まり、やがてそのオプションが定番として固定化されていった。ただ、注文するときのオプション名だけが簡略化されて残った。だから、オプションの順番なんてどうでも良いのだ。オプションなんて「肉と玉子と、あとそばも入れてね」とか「うどんね。あと肉と玉子も」そんな感じで注文するじゃない。みんな好きなように呼べば良いの。麺抜きで「野菜」の名が復活するのだって別にいいじゃない。そういう時代があったんだよ。

 そんなことを考えていたら、私のお好み焼が焼き上がり、店員が声をかけてくる。「そば肉玉のお客様?」私は些細な抵抗で「はい、肉玉そば」と手を上げる。店員は何事もなかったかのように、私の前にお好み焼を置き、去っていった。本当、どっちでも良いことなのだ。

野菜肉玉、肉玉そば混在。これが一番しっくりくる